途中




今 途中 だと思っている顔が
電車に並んで腰かけている
立って吊革にぶら下がっている
電車が終着駅へ着けば次の途中へ乗り換え
電車を下りても途中
家に辿りついても途中
飯を食う時も途中
眠っているときも途中
なにかが行く先にあるような気がして
死ぬまで途中の顔をしているにちがいない
そんな中途半端な顔ばかり並んでいる
いまを生きている顔はいないのか
見廻していると
いきなり清列な水しぶきを浴びせられた
頭のてっぺんから足のさきまで
しゃきっとピアノ線がとおっているその女
なにかをいまに賭けようとするその姿勢
くりくりすばしこいけものの眸
きびきびにしなやかなさかなの指
なんと水ぎわだった鮮やかさだ
息をのんで見つめていると女もぼくに気がついた
そして電車が止まったとき
女はさりげなくぼくに寄ってきて
いかにも人に押されたように
やわらかく弾みのあるからだを押しつけ
あやしく燃える眼差しでぼくの心を串刺しにし
その瞬間の充足にふるえるぼくの胸から
しずかにすばやく財布を抜取ってさっていった
そのとき
途中の顔が目白押しに並んでいる電車の中で
途中の軌道を脱し得たぼくが
刹那の愛に燃えたついのちの火に明るみながら
かがやかにそこに生きていた



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